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ドイツ国家が仕立てた服──German Kriegsmarine Linen Smock
ヴィンテージの魅力が単なる“古さ”だけじゃなくて、当時の空気や文化、そして作り手や当時、着ていた人たちの想いまで含めて、できる限り丁寧にわかりやすく綴ってみたつもりです。 このブログでは、そんな感覚が少しでも伝われば嬉しいです。 今回ご紹介するのは、1940年代ナチス政権下に生まれた一着のリネンスモック。 このスモックが製造・支給されていたのは、1939年〜1944年頃のわずか5年ほどとされています。 もともと海軍向けの装備は数が限られていたうえに、支給対象も一部の兵士のみ。 当個体は1941年製。80年前と思えないほど美しい緻密で美しい縫製と、国家装備としての思想が込められた一着です。 軍用の作業服でありながら、どこか整った品のよさが感じられる。単なる“戦時中の支給品”ではなく、「ミリタリーウェアとは?」という問いに答えてくれる存在です。 このスモックは、第二次世界大戦中、ドイツ海軍の艦上作業用スモックとして製造されました。支給年は1941年。北海の軍港ヴィルヘルムスハーフェンにある海軍衣料廠(Bekleidungsamt Wilhelmshaven)にて正式に検品・受領された官給品です。 内側に押されたステンシル「B.A.W. 41」は、このスモックが正式な官給品であることを示す証しです。“B.A.“は軍用衣料の検品・管理を行う衣料廠、“W”は北海の軍港ヴィルヘルムスハーフェン、“11 8 41”は1941年8月11日製造を意味します。これは単なる所有印ではなく、ドイツ国家が品質と規格を厳しく管理していた証でもあります。 当時のナチス政権下では陸戦を主軸とした戦略がとられており、海軍の兵力は陸軍の約1/10程度にとどまっていました。さらに戦後、多くの海軍衣料は軍港で焼却・廃棄されたため、現存数は極めて少なくなっています。 そんな時代背景の中で、ここまで丁寧に縫製された作業服が支給されていたという事実には、当時の国家の姿勢と、ものづくりへの徹底したこだわりが感じられます。 素材には無染色のナチュラルヘリンボーンリネンが使われています。艦上作業用に適したリネンを採用。速乾性に優れ、耐久性に長けた素材であり、柔らかくサラッとした素晴らしい生地感です。 現代のリネンが化学肥料や農薬で効率的に生産されているのに対し、当時のリネンは、家畜ふんや石灰を使った伝統的な農法でゆっくり育てられていました。 除草剤や殺虫剤の使用はごくわずか。 そのためリネン本来のコシやふくらみがしっかり残っており、光を受けると綾目が立体的に浮かび上がり、経年によって柔らかく馴染み、独特の風合いと奥行きを生み出します。 縫製面でも、力のかかる箇所にはバータック補強が施され、縫製箇所に応じて糸の太さや運針の幅まで使い分けられるという徹底ぶり。単に頑丈に仕上げるのではなく、“どこに負荷がかかるのか”を計算して縫われています。 前立てには光沢を抑えたアルミボタンを配し、海上での反射を防ぐ設計。ボタンホールには、均一かつ精密なキーホールステッチが施され、現代の工業製品と比べても遜色のない美しさを保っています。 さらに裾にはバタつきを抑えるコットン製のドローコード、袖口にはタブ留めが備えられ、細部まで意味を持って仕立てられています。 素材、構造、補強、縫い目――そのすべてが意味を持って作られている。そして何より驚かされるのは、これほどまでに緻密な設計思想をもった服が、軍用に多数製造されていたという事実。 現代では「使い捨て」や「大量供給」に最適化されたミリタリーウェアが主流ですが、このリネンスモックを着る兵士一人ひとりに対して、見えない部分にまで配慮が行き届いていた気がします。 軍服は、単なる実用品ではではなく、「国家が何を大事にしていたか」が感じられる、ひとつの資料でもあるのではないでしょうか。 一見、簡素で無骨なようでいて、そのつくりはとても実直で丁寧。細部にこそ、この服の魅力が詰まっているのだと感じます。単に縫製が美しいというだけではなく、兵士に対するドイツ国家の考え方や当時の文化、そうした背景までもが、この一着の隅々にまで縫い込まれているように思います。 そんな視点でヴィンテージを見ると、服から受け取る温度や景色が違って見えてくるのではないでしょうか? ...
ドイツ国家が仕立てた服──German Kriegsmarine Linen Smock
ヴィンテージの魅力が単なる“古さ”だけじゃなくて、当時の空気や文化、そして作り手や当時、着ていた人たちの想いまで含めて、できる限り丁寧にわかりやすく綴ってみたつもりです。 このブログでは、そんな感覚が少しでも伝われば嬉しいです。 今回ご紹介するのは、1940年代ナチス政権下に生まれた一着のリネンスモック。 このスモックが製造・支給されていたのは、1939年〜1944年頃のわずか5年ほどとされています。 もともと海軍向けの装備は数が限られていたうえに、支給対象も一部の兵士のみ。 当個体は1941年製。80年前と思えないほど美しい緻密で美しい縫製と、国家装備としての思想が込められた一着です。 軍用の作業服でありながら、どこか整った品のよさが感じられる。単なる“戦時中の支給品”ではなく、「ミリタリーウェアとは?」という問いに答えてくれる存在です。 このスモックは、第二次世界大戦中、ドイツ海軍の艦上作業用スモックとして製造されました。支給年は1941年。北海の軍港ヴィルヘルムスハーフェンにある海軍衣料廠(Bekleidungsamt Wilhelmshaven)にて正式に検品・受領された官給品です。 内側に押されたステンシル「B.A.W. 41」は、このスモックが正式な官給品であることを示す証しです。“B.A.“は軍用衣料の検品・管理を行う衣料廠、“W”は北海の軍港ヴィルヘルムスハーフェン、“11 8 41”は1941年8月11日製造を意味します。これは単なる所有印ではなく、ドイツ国家が品質と規格を厳しく管理していた証でもあります。 当時のナチス政権下では陸戦を主軸とした戦略がとられており、海軍の兵力は陸軍の約1/10程度にとどまっていました。さらに戦後、多くの海軍衣料は軍港で焼却・廃棄されたため、現存数は極めて少なくなっています。 そんな時代背景の中で、ここまで丁寧に縫製された作業服が支給されていたという事実には、当時の国家の姿勢と、ものづくりへの徹底したこだわりが感じられます。 素材には無染色のナチュラルヘリンボーンリネンが使われています。艦上作業用に適したリネンを採用。速乾性に優れ、耐久性に長けた素材であり、柔らかくサラッとした素晴らしい生地感です。 現代のリネンが化学肥料や農薬で効率的に生産されているのに対し、当時のリネンは、家畜ふんや石灰を使った伝統的な農法でゆっくり育てられていました。 除草剤や殺虫剤の使用はごくわずか。 そのためリネン本来のコシやふくらみがしっかり残っており、光を受けると綾目が立体的に浮かび上がり、経年によって柔らかく馴染み、独特の風合いと奥行きを生み出します。 縫製面でも、力のかかる箇所にはバータック補強が施され、縫製箇所に応じて糸の太さや運針の幅まで使い分けられるという徹底ぶり。単に頑丈に仕上げるのではなく、“どこに負荷がかかるのか”を計算して縫われています。 前立てには光沢を抑えたアルミボタンを配し、海上での反射を防ぐ設計。ボタンホールには、均一かつ精密なキーホールステッチが施され、現代の工業製品と比べても遜色のない美しさを保っています。 さらに裾にはバタつきを抑えるコットン製のドローコード、袖口にはタブ留めが備えられ、細部まで意味を持って仕立てられています。 素材、構造、補強、縫い目――そのすべてが意味を持って作られている。そして何より驚かされるのは、これほどまでに緻密な設計思想をもった服が、軍用に多数製造されていたという事実。 現代では「使い捨て」や「大量供給」に最適化されたミリタリーウェアが主流ですが、このリネンスモックを着る兵士一人ひとりに対して、見えない部分にまで配慮が行き届いていた気がします。 軍服は、単なる実用品ではではなく、「国家が何を大事にしていたか」が感じられる、ひとつの資料でもあるのではないでしょうか。 一見、簡素で無骨なようでいて、そのつくりはとても実直で丁寧。細部にこそ、この服の魅力が詰まっているのだと感じます。単に縫製が美しいというだけではなく、兵士に対するドイツ国家の考え方や当時の文化、そうした背景までもが、この一着の隅々にまで縫い込まれているように思います。 そんな視点でヴィンテージを見ると、服から受け取る温度や景色が違って見えてくるのではないでしょうか? ...